2002年の起業ごっこを経て、2020年の今思う事【第343回休日会議】

2002年の起業当初の自分を「起業ごっこ」と真っ向から否定する今回。でも僕も含めて、あなたもこれからどんどん変わる事が出来る。そんな話をする第343回休日会議です。

22歳の独立当初、僕がしていた事は「起業ごっこ」に過ぎなかった。

人生をかけて取り組んでいる人が大勢いる…。僕は22歳の時に、WEB上で様々な経営者の発信に触れました。当時、僕は夢や目標を掲げて独立したものの、どこか中途半端な自分がいました。好きな事、楽しい事を中心に、気分が乗った時の施策だけを取り入れていました。眠いから明日にしよう、この方法は良さそうだけど大変っぽいからいいや…とか。今思うと「起業ごっこ」をしていただけだったんです。

真剣に人生をかけて取り組んでいる人たちの考え方に触れれば触れるほど、自分の心持ちに情けなさを感じたし、すごく恥ずかしい気持ちにもありました。相手がどう思うかとかではなくて、自分の取り組み、生き方そのものが、自分の目から見てもめちゃくちゃダサくて格好悪いなと。

自分自身が、どんな意気込みでビジネスを始めるかは自由だけれど、百戦錬磨の人達がいて、無我夢中で取り組んでいる人もいます。そんな中で生き残っていけるほど、甘くはありません。

例えば、twitterやInstagramでは、こんな情景もよく目にします。

「自由なお金、時間、生活」を謳って講座を募集し、それを購入した人が「未達成のまま、自由なお金、時間、生活」を謳って募集をする…。その連鎖が延々と続く場は、それこそ2000年頃からありました。

未達成である以上「嘘」なわけで、僕の定義だとそれはビジネスではありません。が、きっと彼ら彼女らも、お金の誘惑に流されただけで、いくらでも変われます。やっている事は別として実際にリリースまでの作業量は相当なものだった思います。そのパワーのベクトルを変えるだけ。

ビジネスに取り組む動機も、向き合い方も人それぞれ。ただ、昔の僕のような「起業ごっこ」スタイルで、望むものばかりが大きすぎる場合、到達出来る未来も中途半端。僕らは「今」が一番若いですから、早いうちに覚悟を決めて勝負をした方がいい。その方が後悔が残りません。

上記の話は著書「小さくて強い会社の作り方」の冒頭でもギュッと詰め込んで書いたのですが、この感覚なら抜け出す1番の方法は「知見をひろめるべく直接会うこと」です。あなたはもっと輝けるし、あなたの心の奥底に描いていた理想のビジネスで、必ず救われるお客さんがいます。日々是決戦!

…と、改めて18年前の自分にメッセージを書いてみました。

コミュニティの広報活動メンバーにchatworkで送った文章の一部

11日10日午前3時に「マーチャントクラブ広報委員会」に送った文章です。所々「省略」していますが、思い切ってたまには共有してみようと載せてみました。外への発信はめっきり減った僕ですが、内側に向けてはどんどん伝えるようにしています。(少し読みやすくするために修正してます)

(※途中省略)

僕も見た事のない景色をやっぱり見たくて、それが出来る機会は「生きている限り何度でも!」と強気ではいるけれど、それじゃあダメなんです。何度もある機会ではないという覚悟でやらないと、毎回次のチャンスに甘えてしまう。カーネルサンダースの起業秘話に甘えてる場合じゃありません。手にしたい未来に必死な人がいる中、そんな思いで掻い潜れるほど甘くはない。

僕の持論だと、専門家は最終的に「誰かの夢にジョイン」します。僕はマーケティングの専門家として芳郎君の夢に参加しました。ただ、僕にも僕で描いている夢があります。

もしかしたら、メンバーはガラっと変わっているかもしれない。新たな目標に向かって走り出す人もいると思うし、僕には達成できなそうだと離れる人もいるかもしれません。

僕も40歳になり、先輩方の大半は海外移住になり、業界内で日本に残って、ずーーーっと現場でビジネスを見てきた僕は、最古参の部類に入るかもしれません。

どの道を辿っても、じじい、ばばあになった皆と「今」を振り返って語らえる事が出来れば、それはそれは最高の人生だと思います。

でも…動けるうちに、語り尽くせないくらいの事をしたいというのも本音。皆と登った景色の中で祝杯を上げたいのも本音。そして、皆との共通点であるマーチャントクラブを、もっと誇れるものにしていきたいというのは、マーチャントクラブ4年目以降に芽生えた本音。

僕がどこまで舵を切れるか?自分自身の力量をどこまで信じる事が出来るか?と、日々悩みながら、考え抜いているのも本音。

2030年に残るコミュニティを想像した時、どんなコミュニティが残っているか?統廃合が繰り返される中で、どんなコミュニティが残るのか?決して1つに統合される事はありません。

この時、歴史を重ねた積み上げてきた事は「文化」として蓄積されていきます。どれだけ斬新なものが生まれようとも、根付いた「文化」は強い。7000人の販促集団がいたマーチャントJPは、役目を終えて終わった形ですが、あれは僕が次の読みを怠ったのが最たる要因。

コミュニティが7年目まで登ってきてから「成功」という事はなくて、独立して19年生き残れたから「成功」という事でもなくて。納得出来た時が僕にとっての成功で、その納得のためには皆のビジネスがうまくいくことも含まれていて、うん。

(※僕のビジョンの話で省略)

いつからこういう感覚になったのか、僕にもよくわからないけれど、なんかね、思う存分楽しむ事ももちろん、人生をかけて取り組んだ事に自分自身も納得したいというか。極論、自分が死んでも残る場を作ることが出来れば、人生をかけて取り組む価値があると強く強く思うのです。

自分のエゴが、皆のメリットや顧客への価値提供に合致する。エゴの実現そのものが1人では到達できない事だというのも、キャリアを重ね続ける事で認識しました。

これは思い描いた情景の一部を切り取ったものだけれど、ふと「ずいぶん遠くまできたもんだ」といいながら、どこまで登れるかわからないけれど、そんな話が出来る日を日々想像しています。

いやー、暑苦しいかもしれません。笑 40代のおじさんが何か言っている…くらいに思われても、1000人に1人にでも、こうした思いの中で活動する事のやりがいが伝わったら嬉しい。

僕も2002年〜2003年当時は、こんな話を自分でするなんて想像もつきませんでした。挑戦を続ける中で、多くの方々との対話の中で、いつのまにか導かれるように「ビジョン」に引っ張られているような感覚すらあります。でもそれだけ、熱量のみならず、ビジョンを描く事の強力さが感じています。

本日の休日会議は、熱量やビジョンについて、改めてその重要性についてお伝えしています。

2002年の「起業ごっこ」を経て、2020年の「今」思う事【第343回休日会議】